写真を撮るということ。

写真は、わたしにとってお守りです。

みなさまにとって、写真を撮ることとは、どんなことでしょうか。

わたしにとって写真は、ただ思い出を残すためのものではありません。
心が折れそうなとき、失いそうな記憶をそっとつなぎとめてくれる、
お守りのような存在です。

小さい頃のわたしは、なぜだかわからないまま、生きていることに少し窮屈さを感じていました。
幼稚園へ行くことさえ、とても疲れる子どもでした。

そんなわたしが、ただ素直に甘えられたのが、祖父でした。
大きくて、あたたかくて、いつも当たり前のようにそこにいてくれる存在。
幼いわたしにとって祖父は、世界の中でいちばん安心できる場所だったのだと思います。

けれどある日、その祖父が突然、帰らぬ人になりました。
交通事故でした。

小学校一年生だったわたしには、その出来事はあまりにも大きすぎました。
変わり果てた祖父の身体に触れたときの冷たさ。
これまで何度も抱き上げてくれた、あの大きくてやさしい手が、もう二度と動かないという現実。
その光景は、今も心の奥に静かに残っています。

あの日からしばらく、わたしは言葉を話せなくなりました。
自分で思っていた以上に、祖父は心の支えだったのだと思います。

そんなわたしに、母が祖父のアルバムを手渡してくれました。

そこには、笑っている祖父がいました。
生まれたばかりのわたしを、嬉しそうに抱いている祖父がいました。
やさしい眼差しで、確かにわたしを見つめている祖父がいました。

その写真を見たとき、胸の奥でひとつのことを強く感じました。

祖父と過ごした時間は、なくなってしまったわけではない。
幻だったわけでもない。
たしかに、この世界にあったのだ。

写真がそれを教えてくれました。

目には見えなくなってしまっても、
会えなくなってしまっても、
愛された記憶や、共に生きた時間は、消えてしまうわけではない。
写真は、それを静かに証明してくれるのだと思います。

それからのわたしは、母にお願いをして、家にあったカメラを一台もらいました。

大切なもの。
忘れたくないもの。
綺麗だと心が動いたもの。
二度と戻らないと感じた瞬間。
忘れてはいけないと思った景色。

そんなものを夢中で撮り続ける、少し変わった小学生になりました。

そして今も、その気持ちは変わっていません。

写真は、ただ綺麗に写るためだけのものではない。
ただ記録するためだけのものでもない。
いつか心がさみしくなった日に。
誰かを思い出して涙がこぼれそうな日に。
自分の人生を信じたくなった日に。
写真はきっと、その人の心をそっと守ってくれる。

だから、わたしは写真を撮ります。

あなたの笑顔も、
あなたが大切にしている人との時間も、
何気ないけれど、かけがえのない一瞬も。

いつかその一枚が、
あなたにとってのお守りになるように。

どうか、写真を撮ることを恥ずかしがらないでください。
どうか、ためらわないでください。

笑顔のあなたを、わたしに撮影させてください。

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